Fahrenheit -華氏- Ⅱ
結局、瑞野さんの遠慮を俺は押しのけ、彼女のファイルを抱えたまま一旦会長室まで出向くと、そのまま足早に自分の階に戻った。
瑞野さんは何度も礼を述べて、綾子も居なかったしコーヒーの一杯でもと勧めてくれたが、俺は丁重にそれを断った。
そうそう席を空けても居られないし、真咲のことをどうすべきか考えたい反面―――
俺は早く瑠華の顔を見たかった。
「部長、お帰りなさい。遅かったですね」とあの涼しい表情と声で言われたい。
って俺、マジで変態じゃねぇかよ!
しかも今瑠華の声の幻聴まで聞こえたし!
「部長?何百面相してるんですか?」
今度は、はっきりと声が聞こえ、俺はぴたりと足を止めた。
へ……?
恐る恐る振り返ると、給湯室の入り口で瑠華がマグカップを片手に首を傾げている。
ぅお!!ホンモノ!?
あまりの驚きに声も出ず、口をぱくぱくさせていると、
「まぁ変なところは今に始まったことじゃないですけど」と、これまたブリザードが吹きそうなぐらい冷たいお言葉。
俺…遭難しそうよ?
「ごめん、ごめん。ちっこくて見えなかった」なんて冗談を返すと、瑠華はムッと顔をしかめながら、
「部長が無駄に大きいんじゃないですか」と言い、俺の前をすっと通り抜けていく。
あぁ、態度まで冷たい……♪
って、ゾクゾクしてる場合じゃない!
「柏木さん!」
俺は瑠華の小さな背中向かって声を上げていた。