Fahrenheit -華氏- Ⅱ
瑠華が長い茶色い髪(ホンモノだよ)を揺らして、振り返った。
「あのさ、ちょっと資料運ぶの手伝ってくれない?」
遠慮がちに言うと、瑠華は無表情に一つだけ頷いた。
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もちろん資料探しなんて口実だ。
ようは瑠華と二人きりになれる場所に行きたかっただけ。
資料室に入ると、俺は部屋の扉をきっちり閉め、ついでに鍵まで掛けた。
そんな気配も露知らず、瑠華はきょろきょろと棚に視線を這わせ、
「何の資料をお探しですか?」と聞いてくる。
「やっぱ見つかったからいいや」
そう言って俺は瑠華を背後から抱きすくめた。
瑠華がびっくりしたように一瞬固まり、そして首を捻りながら俺を軽く睨んでくる。
「不謹慎です。ここは会社ですよ?」
相変わらずの冷たいお言葉を投げてきて、瑠華は俺の腕から逃れようと軽くもがいた。
その手をぎゅっと握って動きを拘束するように封じ込めると、
「んー…分かってるんだけどね。どうしても今こうしたかったんだ」
と言って俺は彼女を抱きしめる腕に一層力を込めた。
『猶予をあげる』
ふいに真咲の言葉が耳の奥で横切り、俺はぎゅっと目を閉じた。