Fahrenheit -華氏- Ⅱ
失いたくない。
俺の腕の中にいる彼女だけは―――どうしても。
他の何を捨てたって構わない。
彼女だけは―――傷つけたくない。
瑠華は俺の腕の中で小さく吐息をついた。
「部長……どうされました?」
僅かに首をよじって語りかけるその口調にほんのかすかな心配の色が滲んでいた。
「別に。何でもない」
そっけなく言って俺は瑠華の首に顔を埋めた。
花のような爽やかな香りは、彼女が愛用しているトリートメントの香りだ。
「セントラル紡績さんと何かトラブルでも?」それでも瑠華は深く勘ぐって聞いてくる。
以前だったら、すぐに興味が失せてるだろうに―――
少しずつ…突っ込んで聞いてくるようになった。
嬉しいけど、今はちょっと―――辛い。
「なあ、いつものように“啓”って呼んでくれないか?」
「何言い出すんですか…」瑠華が顔を逸らすと、茶色い髪がさらりと肩からこぼれおち、彼女の白い首が露になった。
俺は彼女の首筋に口付けを落とした。やや強引とも言える行動だったけど、止める気はなかった。
「部長?」瑠華が体をよじる。
「呼べよ。いつものように。俺を――――
じゃないと放さない」
『啓人―――』
真咲の声を頭から消し去りたくて、俺は強引に瑠華の首筋に口付けを落とした。