Fahrenheit -華氏- Ⅱ
緑川に連れてこられたのは、会社から5分程歩いた小洒落たレストランだった。
“Apostrophe”(アポストロフィ)と言う名の看板が出ている。
共同ビルの一階がその店で、大きな窓枠の前に丸いテーブルが並んでいる。テラス席もあるようだ。
洒落た木のイーゼルの上に黒板が乗っていて、ランチメニューが書いてあった。
ちらりと見ると、その内容はイタリアンのようだ。
店内は白を基調としたカントリー風の造りで、天井に大きな天井扇(シーリングファン)が回っている。
メニュー表を見るのも面倒だったので、俺は緑川と同じものを注文した。
「んで?君はその彼氏とうまくいってんの?」
あまり真面目に聞くつもりはなかったので、俺はタバコを取り出して火を点ける。
「やっと付き合うことができました☆」
緑川はご機嫌に言って、俺の前で手を開く。
「良かったじゃん」
本心だった。これで完全に付き纏われることもなくなったってことだ。
「その男に好きな女が居るって言ってたよな。そいつはもう吹っ切れたのか?」
何気なく質問すると、緑川は目を伏せて俯いた。
え?ってか片付いてないんかよ。大丈夫か??そんな男と付き合って……
なんて同情してる俺。
緑川のことは他人事に思えない。
なんて言ったって強敵マックスが存在する。
瑠華はマックスのことを好きじゃないと思うけど―――それでもやっぱり色んなことであいつと比べて、やっぱりあいつの方がいい。
なんて思う瞬間があるんじゃないか。
普段は気にして無いけれど、それでも時々妙に不安になるんだ。