Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「あれ~?神流部長と緑川さんじゃないですかぁ」
と、能天気な……しかも聞き慣れた声がして俺たちは揃って顔を上げた。
「お疲れ様で~す」と笑顔を浮かべていたのは、二村だった。
「お疲れ様です」その横には、秘書課の瑞野さんが居て、彼女も控えめに頭を下げてきた。
「………お疲れ…」
何で、ここに来るんだよ。
と思ったが、俺はその不快感を押し隠し、笑顔を向けた。
まぁここは会社からさほど離れていないし、いかにも若者が好みそうなレストランだ。
だけど……
変わった組み合わせだな。
俺はにこにこ笑顔の二村と、対照的にちょっと俯きがちな瑞野さんを交互に見比べた。
「偶然会社を出るときに会ったんで、一緒にランチでも~って誘ったんですよ」
俺が何か口に出す前に、二村が先回りして言った。
しかも
「隣、いいですか?」と空いている席を指差す。
本当は面倒だったけど、断る理由もない。
「俺はいいけど?」と目の前の緑川を見ると、緑川は複雑そうな表情をして僅かに俯いた。
さっきの楽しそうな表情はどこへやら、急にテンションが落ちたようだ。
正直俺も同じ気持ちだが、それを微塵も見せずに、
「緑川さんは大丈夫?」と聞いてみた。
「あ、はい…もちろん」緑川は小さな声で答えると、二村は笑顔で緑川の隣に腰掛け、変わりに瑞野さんはどこまでも遠慮がちにおずおずと俺の隣に腰を降ろした。