Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「え!?大丈夫かよ!俺、病院まで送っていこうか?」
あまりにも正常でない桐島を見て俺は思わず言っていた。
「大丈夫。タクシー拾うから」桐島は力なく笑って、それでも「ありがとう」と言って慌しく立ち去っていった。
「大丈夫かな、あいつ。あいつがぶっ倒れそうな顔してたぞ?」走り去る桐島の細い後ろ姿を見て俺もやっぱり心配だった。
「男の人ってそうゆう場面に直面すると意外に取り乱すんですね」
と同じように桐島の後ろ姿を見送っていた緑川がぽつりと漏らす。
「出産なんて大抵の女は経験するもんですから、よっぽどのことがない限り大丈夫ですよぉ」
なんて言いながら軽く肩を叩くも、やっぱりどこかしら心配なのか緑川の視線は桐島を追っている。
まぁ……そうだけどね…
俺も………もしこの先瑠華と結婚して子供産まれるときはあんな風に取り乱すものなのかなぁ。
「部長は血相変えて飛んでいきそう」
なんて俺の考えを読んだのか、緑川が悪戯っぽく笑う。
「はは…」緑川の勘はあながち外れてないと思う。その場に直面してないからまだ分からないけど、もしそうなったら間違いなく飛んでいくだろう。
瑠華と俺の子供かぁ。女の子だったら瑠華に似てほしいな。将来ぜってぇ美人になるのに間違いなし!
そしたら産まれた瞬間から、その子に彼氏ができたらどーしよー!って絶対心配するだろうな……
門限は6時だな。うん!
なんて勝手に考えていると、隣の緑川が
「あたしも早く愛する人の子供欲しいなぁ」とほのぼのと口にした。
その笑顔は瑠華が時折見せる―――慈愛に満ちた……聖母マリアのような優しいものとよく似ていた。
そんなことを思いながらも、俺はふっと真咲の顔を思い出した。
あいつには―――そんな夢を見させられなかった。
いや、俺が断ち切ったのだ。