Fahrenheit -華氏- Ⅱ
一時期はどうなるかと思いきや、始終和やかムードで食事を終えた。
イワナはなかったが、鮎の塩焼きを食べて瑠華も満足のようだ。
「紫利さん送ってくよ。もう遅いから」と俺の申し出を、彼女は笑顔で辞去した。
「大丈夫よ。タクシーあるし。私まだ大将と喋ってたいもの」紫利さんなりに気を利かせてくれたわけだ。
そう言うわけで俺は瑠華と一緒に店を出た。
「いいお店ですね。お店の方もきさくだし、お料理もおいしかった」
と言い、瑠華は楽しそうだ。
そのことに安堵しつつも、俺は店で会ったのが紫利さんで良かったと思っている。
他の女ならああは行くまい。
そう思うとぞっとしたが、俺自身が招いたことだ。文句も言えない。
車に乗り込んで少し走ったところで、瑠華が唐突に口を開いた。
「紫利さん、啓のお母様に少し似ていらっしゃいますね」
本当に突然…何を言い出すかと思ったら。
「えー?そうかぁ?って言うか瑠華、俺のおふくろなんて顔覚えてるの?」
瑠華は心外そうにすると思いきや、相変わらずの無表情で
「少し前におじ様が持ってらした写真を見せていただきました」
「え!?親父おふくろの写真なんてまだ持ってるの?」
キモ!ってか、未練がましいっ!
まぁ親父にとって離婚は本意ではなかったらしいが、自分が撒いた種だ。
女じゃないけど、一種の浮気だな、ありゃ。
ま、しょうがないっちゃしょうがないな。
信号が黄色から赤に変わって、俺はブレーキを踏んだ。
隣からあっつい瑠華の視線を感じて、俺も同じだけ熱の篭った視線を返そうと思いきや、
「でも…ふ~ん」と瑠華はちょっと楽しそうに口の端を上げていた。
はっ!ちょっと待て!
「べ、別に俺はマザコンじゃねぇぞ!」
慌てて喚くと、瑠華は「はい、はい」って呆れたように、だけどどこか楽しそうにして前を向いた。