Fahrenheit -華氏- Ⅱ
俺が隣に行くと瑠華はそっと口を開く。
「太陽と月は……」
「ん?」俺が返すと、瑠華は空を見上げたまま続けた。
「太陽と月の引力によって潮の満ち引きが起こるんです。満潮時には生命を宿し、干潮時には生命が尽きる。不思議なものですね……」
物憂げに空を見上げる瑠華の横顔を見ながらも俺は心の中で同意した。
俺がこうやって佇んでいる間にも新しい命が生まれ、またその生命を閉じる者もいる。
命を―――
欠けていく月は―――
何を意味するのだろう。
これから一月の時間を掛けて、月はやがて見えなくなる。
下弦の月を眺めながら、俺にはそれが何かの象徴に思えてならなかった。
俺の隣で瑠華は自分の娘が産まれた日を想い出しているのか、あるいは―――
「桐島さんのお子さんがマリさんに似て、明るく元気に、そして健康に育ちますよう。
そして桐島さんに似て、心優しく慈悲深いひとに育ちますよう。
心からお祈り申し上げます」
瑠華は空に向かって、そして少し離れた桐島夫婦に向かって、生まれたばかりの赤ん坊に向かって―――
囁くように呟いた。
きっと娘が生まれたときも、彼女はこうして祈ったに違いない。
俺にも―――
俺にもその言葉が届いたかな……
だけど俺には瑠華の心優しいその言葉を―――……
聞く権利すらないように思えた。