Fahrenheit -華氏- Ⅱ
俺の言葉に二村は目をぱちぱちさせたものの、
「またまた~冗談ばっか」と言って笑った。
「冗談かどうか経理の子に聞いてみれば?あの子たちは知ってると思うけど?」
パソコンから目を離さずにさらりと言うと、
「うっそ!マジで……」と二村があからさまに身を引くのが分かった。
そして慌ててブースを出て行く。
俺は舌を出し「バーカ」と小さく呟いた。
俺が男とデキてるって言う噂の発祥源は経理課の女の子たちだ。
ちょっと前の飲み会でそのことを聞いて「男なんてあるか!」とマジで顔を青くしたけど、こんなところで噂が役に立つとはな♪
鬱陶しい二村を追い払うことが出来たから、その後はスムーズに仕事ができた。
予定より早く切り上げて帰ろうと何気なく物流管理の方を見ると二村の姿はなかった。
どうやら帰ったようだ。
余計なことを詮索されないことにほっとして、俺はいそいそと会社を出た。
車を発進させて瑠華に電話を掛け、あらかじめ教えてもらっていた青山のメンタルクリニックに向かう。
目的の建物はすぐに見つかった。
青山通りに面していて清潔そうな白さと小洒落た外観の四階建てのビル。
その三階がクリニックになっているようだ。
裏通りに駐車場があることを聞いたので、俺は言われた通りに駐車場に車を入れた。
車を降りて、裏からそのビルを見上げると鉄製の非常階段がむき出しになって見える。
その三階部分で瑠華がこちらを見下ろして手を振っていた。
俺が無事たどり着くのか心配だったようだ。
笑顔を浮かべて手を振り返し―――
俺はぎくりとしてその場に固まった。