Fahrenheit -華氏- Ⅱ
ちょっとだけ顔を上げると、若い男性だった。
真面目で大人しそうな男性。啓とは正反対のタイプ。でも佐々木さんとも違うタイプに思えた。
何ていうのか…ちょっと暗い感じ…
それだけ思うと、あたしは視線を戻した。
男性もタバコを吸いだすと、
「すみません…灰皿……いいですか」とおずおずと聞いてきた。
「え?ああ…はい」
ステンレス製の灰皿はあたし寄りになっていて、男性からはちょっと遠のいている。
「どうぞ」と灰皿の脚を少しだけずらすと、彼は「すみません」と恐縮して頭を下げた。
啓、遅いわね。途中で迷った?いやいや…それはないよね。
なんて考えながらぼんやりしていると、
「あの…」とまたも控えめな隣の男性が声を掛けてきた。
あたしは目だけを上げて彼を見ると、彼はちょっとたじろいだように目をしばたかせて、それでも懸命に声を振り絞り、
「こ、これからお仕事ですか?…それとも帰りですか?」
と聞いてきた。
仕事……?
一瞬何のことを言ってるのか分からずに首を捻ったが、
「ああ…」この人はどうやらあたしが夜のお仕事だと勘違いしてるのだと合点がいった。
「いいえ。私はそうゆう仕事じゃないです」
ホステス?キャバ嬢?どちらにしろ、そうゆう類いの職種に見られたのははじめてだったからちょっと驚きはしている。
何でそう思ったのだろう。気になって聞いてみた。
「もしかして私の格好、派手です?」
今日の格好はボルドーと黒のチェックのシャツ。胸元にゆるくドレープがあしあってあってちょっとゆるい感じ。
短かめの黒いスカートと、ブーツを合わせてある。
この短いスカートがいけないのかしら?
「い、いえ!あまりにお綺麗だったので、そうゆうお仕事の人かと思いまして!」
男性は顔を真っ赤にして慌てて手を振った。