Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「瑠華、ごめん。迷った」
啓は軽く手を上げながら微苦笑を漏らした。
やっぱり…迷ってたのね。啓は方向音痴じゃないけれど、時々どこか―――抜けてる。
それにしても……どことなく顔色がすぐれない。さっきまであんなに元気そうだったのに。
「いえ。30分ほどの待ち時間があるんですけど、どうします?」あたしは腕時計に視線を落とす。
その隣でさっきまでタバコを吸っていた男性が、腰を上げちょっと頭を下げて啓を見上げた。
啓が「あ?」と不機嫌そうに目で答えると、男性は慌てて待合室に入っていく。
「何だあれ?」
ちょっとだけ苛立ちを滲ませた目を、その男性の入っていった待合室に向ける。
「あなたを待っていたときに声を掛けられたんです」
「声?な、ナンパ!?」
サー…と啓の顔から文字通り血の気が失せていく。
気のせいじゃなく、今度は本当に顔色が悪い。
「ナンパって程じゃないですけど…あたしってお水っぽいです?」と真剣に聞くと、啓は目をパチパチ。
さっき話しかけられたいきさつをちょっとだけ喋ると、
「そんなん瑠華の気を引きたいだけに決まってんだろ」と苛々とタバコを取り出す。
「まぁ綺麗ってのは認めるがな」と付け加えた。
「いかにも女性に免疫がなさそうな人でした。あなたに睨まれてちょっとかわいそうでしたよ」と答えると、
啓はいーっと歯を剥き出して、
「瑠華に言い寄る男なんて追っ払てやる!これは俺のなの!」
とまるで子供のようにぷりぷりと怒った。
そんなところも可愛くて
好き。