Fahrenheit -華氏- Ⅱ
今日が仕事だけあって、さすがに昨日は酒も控えた。
変な夢を見たくなかったから、熟睡できそうな状態ぎりぎりまで眠らず、映画を見てやり過ごしたからかな?
今日は少し眠い…
おかげで不可解な夢は見ることなく、(って言うか夢も見ずに熟睡だ)そのお陰で今日はあの言い知れない奇妙な感覚は薄れていた。
それでも仕事は待ってはくれずに、多忙な業務をこなしているうちに眠気も徐々に覚めつつある。
そんなときに…
「What?(―――え?)Yes.(ええ)―――Is that so?(そうなんですか?)―――Oh, I didn't know that.I'm afraid .(いえ、それは知りませんでした。申し訳ございませんでした」
瑠華が珍しく身振り手振りを交えて、電話に向かっている。
会話の途中に「Please tell me again.(もう一度お願いします)」と何度も聞きながら、かなり手こずっているようだった。
「どうした?」俺は目で聞いたが、彼女は困惑したような視線を投げかけるだけで、
「Let me think about it.(少し考えさせてください)」と言い通話を切った。
受話器を置きながら、瑠華がちょっと眉を下げて、
「この間のセントラル紡績さんがお取引希望のフランスのHasard(アザール)から連絡があったのですが…」
なるほど、だから瑠華が戸惑っていたわけか。
相手も英語が不得手とみた。
「で?」俺は先を促した。瑠華の顔色は曇っている。
「それが、あちらの企業はどうやら入札制で、アメリカンウェストスターが落とすことに決まってるそうなんです」
なるほど…談合か。
別段珍しい話じゃない。どこの業界にも暗黙のルールというものは存在する。
「東星紡からは引き合いが出てるの?」
すぐ隣で同時に佐々木も受話器を置いた。こっちも戸惑っている。
「今確認しました。やはり引き合いがかかってますね」
「参ったな…」
俺は額を押さえた。