Fahrenheit -華氏- Ⅱ
知らなかったとは言え、踏み込み過ぎた。
こっちとしては当然東星紡を優先させるべきであって、下手な波風を立てたくない。
「私の確認不足でした。申し訳ございません」瑠華がきっちりと頭を下げる。
「いや。俺も確認しなかったからなぁ。まぁ順番的に、規模的に見ても東星紡を優先ささるべきだろう」
「そうだろうですけど、もうフランスのアザールからも東星紡に連絡がいったみたいです。どうなってるんですか?って確認の電話だと思うんですケド」
佐々木が心配そうに眉を寄せている。
「知られちまったかぁ。しょうがない双方に頭を下げてくるよ」
俺は上着を引っつかむと、ホワイトボードに
“東星紡→セントラル紡績”と書き込んだ。
「「いってらっしゃい」」心配そうな二人に見送られ、重い気分を引きずって俺は会社を出た。
――――
――
東星紡の方は突然の訪問だと言うのに、嫌な顔されず思った以上すんなり話がまとまった。
「そちらもご存知じゃなかったんでしょう?それなら仕方ないですよ」
と、担当者は苦笑い。
まぁやってることは談合そのものだから、向こうとしても大ごとにしたくないようだ。
「本当に申し訳ございません。今後とも宜しくお願い致します」
きっちり頭を下げて、東星紡を後にすると次はもっと気の重いセントラル紡績だ。
引き合いがかかっていると知らずに話を進めたのは俺で、明らかにこっちのミスだ。
向こうに少しも落ち度はない。
今更アザールと取り引きできないなんて言うと、真咲はどうでるか―――
それだけが心配だった。