Fahrenheit -華氏- Ⅱ
自分でも驚くほど低い声が出た。
昔、よく真咲と喧嘩をしたときに出ていた声だと気付くのに、時間は掛からなかった。
真咲が電話の向こうでたじろいだように息を呑んだのが分かった。
俺は真咲に対して滅多に怒らなかったが、それでも我慢がならないときはこの口調で、この声で彼女に抗議したことを覚えている。
言った後に後悔した。
俺は軽く咳払いをすると、
「失礼いたしました。今後のことはもう一度御社とじっくり打ち合わせさせていただく…」
と言い終わらないうちに
ブチっ!ツーツー……
―――一方的に向こう側から通話が切られた。
機械的で虚しい音を聞いて、「やっちまった」と言うのと、無性な苛立ちとが同時にやってきた。
「くそっ!」
どうしようもない苛立ちと後悔に、俺は乱暴に受話器を置いた。
はぁー…
ため息を吐きながら額を押さえると、二人からの視線を感じた。
瑠華も、佐々木もそれぞれ仕事の手を止めて、びっくりしたように目をみはっている。
「あ、あはは~…♪ちょっとトラブル??」
俺はわざとらしく明るく笑い、視線を泳がせると、
「休憩入ってきま~す♪」と言って席を立った。
あぶない、あぶない。
真咲との関係を今二人に知られるわけにはいかないんだ……