Fahrenheit -華氏- Ⅱ
まるで霧のような感触のない漠然とした考えを、何となく心音に聞かせた。
誰かに聞いてもらいたいと思っていたのかしら。
バカにされるのがオチなのに。
『無理よ』当然そう返ってくると思ったけれど予想に反して心音は乗り気だった。
彼女にしてもおもしろそうな発想に、ちょっと笑っただけだと思ったけれど―――
数日後、心音からテレビ電話が掛かってきたとき―――あたしは確信した。
心音が本気だったってことに。
『―――OK?入札制度のある案件を一つだけ用意するの。そうね―――実際に存在する“物”じゃなくて、実体のない権利書みたいなものがいいわ』
そこで考えたのが合同リゾート開発権利。
そのときにちょうど中国でリゾート開発を目指した権利の入札が近々行われる噂を聞いた。
だけどリゾート開発と言っても心音が用意した大規模なものじゃなく、比べ物にならないほど小さなもの。
中国側の企業が業績不振に陥った保養所を手放そうとしている。そしてやはり入札制度でそれは決められるようだったことも運が良かった。
『でもそれはダミー。本命は違うところにある』
心音は計画書と書かれた用紙をモニターに映し出し、綺麗な指で紙に書かれた図を指し示した。
『アメリカンウェストスターにはもちろん、ホンモノのリゾート権利を勧める。だけど実際入札するのはあんた。そこをつくってわけ』
「ダミーの会社は?まさか架空の会社を作り上げるわけ?」
もしそうだとしたら、危険過ぎる。絶対に啓の目につくだろうから。
『実在する会社の名前をちょこっと借りるわよ。でも名前だけ』
そう言ったあとの心音の動きは早かった。
中国、桂林に的をしぼると、あっという間に適当な条件の会社を見つけ出し、彼女は一定のパスワードがなければ入れない偽のホームページを作り上げた。
そしてリゾート開発権利の餌をネットを通じてばら撒いた。
でも誰が気付くだろう。
そのダミーに仕立て上げた会社こそが―――アメリカンウェストスターに持ちかけるホンモノの企業だということに。