Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「え?何か言いましたぁ?」
緑川が首を傾げてる。
「何でもねぇよ。上手くいくといいな」
俺がちょっと笑うと、
「はい♪付き合えたら部長にも紹介しますね♪」
いや、いらないし…
緑川は話すだけ話したら満足したのか、本来の目的をすっかり忘れご機嫌に帰って行った。
その隙に俺は東星紡の資料を根こそぎ引っこ抜いてやった。
ざまぁ、村木め。
どっちが陰険なのかわかりゃしないが、俺はその資料を自分の部署に持ち帰った。
資料を持ち帰らなかった緑川を、村木はガミガミと叱っていたが、どっちもどっちだ。
したり顔で、俺は仕事に打ち込んだ。
午後4時を過ぎたところで、会長室に用が出来、最上階に向かった。
会長に稟議書を提出して、その決済が降りたと綾子から報告を受けたからだ。
会長室で会長は不在で、秘書の綾子と見慣れない女の子が一人、それぞれのデスクに向かっている。
新しい秘書を増やしたのかな?そんな風に思って首を傾けると、コーヒーの芳醇な香りが俺の鼻腔をくすぐった。
綾子がウェッジウッドのカップで優雅にコーヒーを飲んでいる最中だ。
「よっす」
「お疲れ。稟議でしょ?待ってたわよ~」
「ってかコーヒー飲む暇があるんなら届けてくれよな」
俺が口を尖らせると、
「会長が大切な会議に入られてるのよ。私たちは席を外せないの」
と怒られる。
瑠華といい、綾子と言い、俺は女に叱られてばかりだ。