Fahrenheit -華氏- Ⅱ


次の日少し早めに出社して、きちんと資料を揃えるとあたしは啓の出勤を待った。


だけどこの日彼はめずらしく遅くて…


いつもは7時半には出社してるのに、8時を過ぎても彼は出勤してこなかった。


9時就業だから全然問題ないんだけど―――いつも同じ時間に居る人が居ないとなるとちょっと心配。


しかも(一応)彼氏だし……


8時半になって佐々木さんが出勤してくると、


「おはようございま~す。あれ?柏木さん一人ですか?部長は、トイレでも行ってるんですか?」と啓のデスクを見たけれど、パソコンの電源はついていないし、机上も綺麗に片付いているのに気付いて、


「珍しいな。あの人がこの時間に居ないのって」と彼も首を捻っていた。


こんな日だからなのか、それとも最近の啓の様子がおかしかったからなのか、あたしは妙に落ち着かずそわそわして彼の席を見つめ、


そこから10分経ったときに、彼に電話を掛けに行こうかと思い席を立ちあがろうとした。


風邪引いて一人で倒れていたりしたらどうしよう―――連絡もできず意識を失っていたら……


嫌な考えが横行してあたしは携帯をぎゅっと握りしめた。


啓と偶然にもお揃いの携帯電話。



―――そのときだった。


「おはよ~さん。いやぁ今日は寝坊しちまったよ。起きたら7時半でさぁ。さすがの俺でも焦った焦った~」と笑顔を浮かべて啓が登場した。


能天気なほど明るい笑顔を浮かべていてあたしはほっとした。


髪もきちんとセットされてるし、髭も剃ってある。ノーネクタイと言う以外に、乱れたところはなく、いつも通りだ。


念のためにワイシャツやスーツをさりげなくチェックしてみたけど、昨日と同じじゃなかったから、どこかに泊ったわけでもなさそうだ。


あたし……何やってるんだろ…


こんな疑うようなことして…


はぁ


それでも啓は疑いようもなくただの寝坊だろうし、ちゃんと就業時間前に出社してきている。


心配したあたしがバカみたいだけど、とにかく無事で良かった。


そして浮気してるわけじゃなさそうで―――




良かった。





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