Fahrenheit -華氏- Ⅱ


「アメリカンウェストスターの中国支社から噂を聞きかじったようです。調べて見ると一ヶ月先でしたので」


「でも取引を望んで居るのは日本の支社だ。本社はこのことを知ってるのか」


「もちろん承諾済みです。前回TOYOエクスプレスの案件をうちが落とした噂は有名で―――今回も額が大きいのでこちらに、と言うことでした」


全部が全部嘘というわけじゃないけれど、それでも少しでも偽りの事実を話すのは心苦しい。


まっすぐに啓の視線を見返せなかった。


「ふぅん。まぁありがたい話ではあるけど」なんて言ったけれど、啓は乗り気じゃないみたい。


「リゾート開発権利なんて目に見えないもの、俺はあんまり好きじゃないな。それにこの企業…紫玉(シギョク)開発だっけ?」


「ええ」


「この会社、最近の業績を見ると右肩下がりだ。株価も下落している」


やはり突いてきたか―――


あたしは啓にバレないように唇を噛んだ。


「まぁ向こうは土地だけは余ってるだろうから、今回のリゾート開発で一気に会社の名を売ろうって魂胆だろうけど、確実なものがない限り東星紡にはお勧めできないな。一緒に転んで泣きを見てもらっては困る」


言葉に真剣な色が滲み出ていた。


「もう少し、確実な資料を揃えてからもう一度稟議を出しなおしてくれ」


最後にそう締めくくると、啓は前を向いた。


冷徹とも言えるその態度に―――あたしは心の中で落胆した。


「どうしてですかぁ?きっと柏木さんが一生懸命作成した稟議でしょう?柏木さんが言えば間違いないじゃないですかぁ。外資の成績を上げるチャンスですよ」


と一連の会話を聞いていた佐々木さんが、ちょっと意外そうに眉を寄せる。


「そうかもしれないけど、ここは慎重になるべきだ。何か一つでもひっかかりがあると、俺はゴーサインを出せない」




そう語った啓の横顔は―――つるりと無表情だった。





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