Fahrenheit -華氏- Ⅱ


「え?えっ…」


啓が不思議そうに目を丸めてあたしを見上げてきた。


「在庫と納期確認は私がやります。部長は休憩に入ってください」


呆れたように言うと、啓はちょっと申し訳ないように項垂れた。


私は席につくと、メモ用紙を引き寄せて一言書き綴った。


“今日泊まりにいってもいいですか?お疲れのようなら違う日にしますけど”


書類を返す素振りで、そのメモ用紙を啓に手渡すと、彼は不思議そうに首を傾けながらも、折りたたまれたメモ用紙をそっと開いた。


啓はその白いメモ用紙に走った文字を目で追うと、ぱっと目を開いた。


あたしの向かい側には佐々木さんも居る。


彼に気付かれないよう、それでも慌ててメモ用紙に文字を書き綴ると、わざとらしくない程度で咳ばらいをして、


「柏木さん、この書類お願いします」


なんて言って、何でもないような書類をあたしに手渡してきた。


その下にメモ用紙の感触を感じて、あたしは書類を見る振りをしてメモ用紙を開いた。


“もちろん!来てください!!”と一言…


動揺しているのかいつもより字が乱れてるし。


あたしが佐々木さんに分からないように啓に微笑み返すと、急にぱぁっと元気になった啓は、明るい声で


「お昼!行ってきます!!」


と席を立ち上がった。



『あんたがつれないから、寂しいんじゃないの?男の考えることなんていっつも同じ。女のことしかないんだから』



心音が言ったことはあながち外れてないのかもね…


でも、少しでも元気になってくれて良かった。






あたしはやっぱり啓の笑った顔が―――好き。






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