Fahrenheit -華氏- Ⅱ
201X年、10月7日。午前8:30分。
東京、広尾にあるオフィスに俺はいつもより少し遅めに出社した。
神流(カンナ)グループの全てを統括する、神流㈱本社、外資物流事業部。
事業部長ってのが俺の役職名。
フェラガモの靴を鳴らして、アルマーニのスーツの襟を正す。
「「おはようございま~す、神流部長♪」」
女子社員の黄色い挨拶にも
「おはよう」
爽やかに挨拶を返す。
「「キャ~♪挨拶しちゃた♪今日も素敵☆」」
社内ではクールでストイックなイメージのある俺だが、自分の部署では二人の部下たちからは、「犬」もしくは、「ちゃらんぽらん上司」扱いの俺、どうよ……
「おはようございます。珍しいですね、部長がこんなに遅いなんて」
ブースにつくなり、部下の一人で仕事はまぁまぁだが、とにかく真面目がうりで何より俺が信用できる佐々木 修二(ササキ シュウジ)がデスクの雑巾がけをしている最中だった。
「おっす。今日はちょっと野暮用があってね」
「どうせ女の人と朝までコースでしょう?柏木さんが今日から休暇で居ないからってやる気ないのは分かりますがね」
グサリっ
平社員の佐々木は、雑巾を動かす手を休めない。
まぁ当たってる部分が多いから何も言い返せませんが…
朝まで一緒に居たって女ってのは、その当の柏木さんで、公私ともにパートナーである彼女が今日から俺を置いてニューヨークに行っちまってる。
もちろん一部を除いて俺達の関係は秘密にしているから、佐々木が彼女と俺との関係を知っている筈がないが。
俺は斜め隣の、今は不在になっている柏木 瑠華(カシワギ ルカ)の席を寂しい思いで眺めた。