Fahrenheit -華氏- Ⅱ
俺は裕二の問いにムっと顔をしかめながらもタバコに乱暴にライターで火を点けた。
「そりゃ怒ると(怒らなくても)怖いけど、あの人の言うことは的を射てるし、勉強になるよ。
今回だってお前が悪い。それに綾子だって似たようなとこあるじゃん。
俺はアイツの方が怖い」
そう返すと、裕二は面白くなさそうに口を尖らせた。
「綾子はあそこまで難しくないぜ?ただ白黒はっきりしてるとこはあるけど、そこがまたいいって言うか」
「はいはい」
朝からノロケかよ。うんざりしながらコーヒーに口を付けると、向かい側に座った裕二が体を乗り出した。
「柏木さんてさ、何か潔癖だよな。浮気したら殺されそう」
声を潜めて、ちらりと寝室の方を見やる。
………
俺は無言でコーヒーを啜った。わざと大きな音を立ててコーヒーを飲み込んで、動揺を悟られないように…
何故動揺してるかって?
瑠華ちゃんは…いや瑠華さんは、いやいや瑠華さまは―――元夫の度重なる浮気に包丁をつきつけた事実がある。
殺意はなかったと言ってたけど、それを聞いたときは背筋が凍るようにぞっと身を震わせた。
そりゃ浮気が一回とかそこらじゃなかったから、瑠華がキレたんだろうけど。
俺は浮気なんてするつもりもないし、したいとも思わないが怒らせないように気を遣わなければ。
なんて考えていると、
「何かプライド高そうだし、ついでに言うと気も強いからな。ああゆのは苦手だ」
と裕二が表情を歪め、俺も同じ表情を浮かべて裕二を睨んだ。