Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「今年度の資料を去年のと間違えるとはどうゆうことだ!!あれほど確認しろと言っただろ!!しかも勝手に先方にファックスを送ったとはどうゆう了見だ!」
村木の怒鳴り声がまたも響いて、物流管理の連中も表情を歪ませていた。
「…だって村木部長、忙しそうだったから…」
「言い訳するな!私が忙しかったら、内藤チーフにでも確認するのが筋だろ!!!」
バンっと机を叩いて、緑川が肩を震わせた。
「内藤チーフ。緑川さんの教育係はあなたにお願いしてましたよね。どうなってるんですか!」
と火の粉が内藤チーフに及んで、彼女も困ったように眉をしかめて頭を下げた。
「……あ、あの…あたし…やり直してきます…」
緑川が蚊の泣くような小声で細く答えて、頭を深く項垂れている。
「もう遅いんだよ!お陰で先方から取り引きを切られそうだ!!」
村木の怒声が飛び、緑川がびくりと肩を縮こませた。
俺の背後ではやっぱり気になっていたのか、瑞野さんと佐々木が同じようにちょっと顔を覗かせている。
「君は分かっていないようだが、これがどれだけ大きな案件なのか…」
くどくど…
説教を2分と聞かないうちに、
「とりあえずもう一度データを集めさせます。今度は私と部長のダブルチェックをすれば、間違いはないかと」
と内藤チーフが終止符を打った。
今にも泣き出しそうな緑川の肩を叩いて、
「緑川さん、とりあえず資料を集めてきて」と、
冷静だったが、いつもよりやっぱり声が緊張を含んでいた。
「あ、じゃぁ僕も一緒に…」
と二村が立ち上がったが、村木は
「君には違う案件を任せてある。そっちを優先させろ」とピシャリと一言。
緑川は慌てて振り返り、走り出す。
このブースをすり抜ける瞬間、緑川がちょっと立ちすくんだ。
涙の浮かんだ目を俺たちの方に向けると、バツが悪そうに顔を背けて、
バタバタと走っていく。
何か……大変そうね…