Fahrenheit -華氏- Ⅱ


マスカラが剥げ落ちたまつげを上下させ、緑川が涙を溜めた目で俺を見つめてくる。


「って、まぁ俺が君にちゃんと教えてこなかったところも悪かったし」


俺は苦笑いを漏らして思わず頭を掻いた。


瑠華にはっきりと指摘されて、そう気づいた俺。


俺にも責任がある。


緑川は慌てて首を横に振り、それでも涙を少しだけ引っ込めた。


「ほら。落ち着いたら部署に戻って、内藤チーフに相談して資料集めろよ」


と言うと、緑川は激しくかぶりを振った。


「……帰れない」


「帰れないって、どーするんだよ。大丈夫だって。村木が何か言ってきたら俺が謝るから」


「…そ、そんなんじゃない……です…。メ…」


「め??」


「……メイク…こんなんじゃ帰れない…」


ああ…そーゆうことね。


確かに緑川の今の顔は酷いもんだ。目の周りは黒くなっているし、涙でファンデーションも剥げ落ちている。ついでに言うと唇にも色がなく、不健康そうだ。


女ってのは大変なんだな。


ため息を吐いて、それでも


「じゃぁ顔洗って落ち着いたらでいいから」


と妥協案を出したつもりが、今度は緑川は眉を吊り上げた。


「無理!無理無理!すっぴんなんかイヤっ!」


こんな顔で帰れないっ!!


ぅわぁああああん


またも泣かれてしまって、しかもあろうことか今度は俺の胸に突っ伏してくる。


どーすればいいの!!




< 332 / 572 >

この作品をシェア

pagetop