Fahrenheit -華氏- Ⅱ
マスカラが剥げ落ちたまつげを上下させ、緑川が涙を溜めた目で俺を見つめてくる。
「って、まぁ俺が君にちゃんと教えてこなかったところも悪かったし」
俺は苦笑いを漏らして思わず頭を掻いた。
瑠華にはっきりと指摘されて、そう気づいた俺。
俺にも責任がある。
緑川は慌てて首を横に振り、それでも涙を少しだけ引っ込めた。
「ほら。落ち着いたら部署に戻って、内藤チーフに相談して資料集めろよ」
と言うと、緑川は激しくかぶりを振った。
「……帰れない」
「帰れないって、どーするんだよ。大丈夫だって。村木が何か言ってきたら俺が謝るから」
「…そ、そんなんじゃない……です…。メ…」
「め??」
「……メイク…こんなんじゃ帰れない…」
ああ…そーゆうことね。
確かに緑川の今の顔は酷いもんだ。目の周りは黒くなっているし、涙でファンデーションも剥げ落ちている。ついでに言うと唇にも色がなく、不健康そうだ。
女ってのは大変なんだな。
ため息を吐いて、それでも
「じゃぁ顔洗って落ち着いたらでいいから」
と妥協案を出したつもりが、今度は緑川は眉を吊り上げた。
「無理!無理無理!すっぴんなんかイヤっ!」
こんな顔で帰れないっ!!
ぅわぁああああん
またも泣かれてしまって、しかもあろうことか今度は俺の胸に突っ伏してくる。
どーすればいいの!!