Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「理屈じゃないんだよ。説明できないんだよ。その気持ちは……」
俺もわずかに顔を伏せてぽつりと漏らした。
瑠華だってそのことは分かりきってるはずなのに、口に出してしまわないと何が間違っていて何が正しいのか見失いそうな気がしてるんだろうな。
視線を落とした先にはコーヒーカップの中のコーヒーが、冷え切った黒色を波立たせていた。
さっきから驚いたり、ちょっと怒ったりで、やたらとテーブルの上が騒がしかったからだ。
だけどようやくその波紋が薄れて、静まろうとしている。
「なぁ緑川……」俺が顔を上げると、緑川もおずおずと顔を上げた。
限界が来た涙腺は締まることなく、みるみる間に緑川の目に溜まっていく。
「確かにそう思う気持ちは悪いとは思わないが、
冷静になったらその恋が、ただ単に執着とか依存とかそうゆうものだったって気づくと思う」
緑川は唇を引き結んで、必死に涙を耐えているようだった。
「本当にお前のことだけを想ってくれているのなら、あいつはお前だけしか見ない。お前が不快だと言うことをしない。
だけどあいつは瑞野さんが手に入らないから、お前を利用してるんだよ」
「……わ、…わかってます…そんなことっ……だから…誰にも相談…できなくて……
でも…好きだから!利用されてても傍に居たいからっ!」
それだけ言うと、緑川はとうとう声を上げて泣き出した。
俺はまたも瑠華と顔を見合わせて、どうするべきか困り果てた。
だけど瑠華は「色々言い過ぎました。とりあえず、落ち着いて。ね?」といつになく優しい声を出し、緑川の隣に回りこんだ。
「深呼吸して。ほら…大丈夫」なんて言って緑川の背中を撫でている。
その間、俺は考えた。
以前緑川が俺を連れて行ったカフェ、“Apostrophe”(アポストロフィ)で偶然俺は二村と瑞野さんと鉢合わせた。
あの時は単に同期だから仲が良いのかと思ってた。
現に俺と綾子、それから裕二、桐島も何かとつけてつるんでいるわけだし。
でも―――あいつらは……それとは違う意味合いを持っていたんだな。