Fahrenheit -華氏- Ⅱ
緑川のことだから、リングを貰ったら自慢げに話してきそうだけど、そんな様子もない。
二村と付き合ってるのは―――果たして緑川なんだろうか。
瑞野さんは性悪オンナじゃなく、本当は彼女が“最初”だったんじゃないか。
だけど二村は一体何がしたい?
何故瑞野さんに好きなヤツが居ると緑川に教える必要がある?
―――嫌な気分を覚えて、俺は目の前のコーヒーをぐいと飲み込んだ。
―――
―
それから10分ほど経って、
「…あ。もうこんな時間!早く戻らなきゃ。また村木部長に叱られちゃう」と言って緑川が慌しく席を立った。
「…俺たちもそろそろ」
あんまり長居してると、佐々木から文句を言われそうだ。
立ち上がろうとしている俺の脚に、向かい側から瑠華のつま先が伸びてきて、俺の行動を阻んだ。
「……?」不思議に思っていると、
「お会計は部長がするそうです。私たちは一服していきますので、そうぞお先に」
と瑠華が緑川に微笑みかけた。
「ほんとですかぁ。すみません、じゃ、お願いしま~す」
すべて俺たちにぶちまけた緑川はすっかり元の調子に戻って、元来のちゃっかり娘全開でいそいそと帰っていく。
だけど……
「あ、さっき言ったこと。内緒ですよ!」としっかり釘を刺して。
「分かった、分かった」
苦笑いをして緑川を送り出すと、瑠華はすぐに身を乗り出すように顔を寄せてきた。
その表情はさっきと違った種類の緊張を帯びたもので、俺は思わず背を正した。
「嫌な予感がします」
「嫌な予感……?」
「ええ。分かりませんか?彼女は―――
緑川さんは、緑川派筆頭、緑川副社長の娘さんです」
瑠華の言葉に、俺は目を開いてごくりと息を呑んだ。