Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「ヴァンパイア…吸血鬼かぁ。かっこいいな♪」
なんて顎に手を置くと、
「夜な夜な美女の生き血を吸う、モンスターです。ぴったりじゃありませんか?」
「おい」
俺は思わず突っ込みを入れた。
でもこんな風に彼女の過去のことをおもしろ可笑しく聞ける日が来るなんて―――……
俺はそれが嬉しいんだ。
「あたしは毎年殺人鬼ですが、前、前回、ユーリはデビルの衣装で。羽根はあたしが手作りしたんです」
瑠華は想い出を慈しむように、僅かに頬を緩めて微笑んだ。
「来年は何にしよう。その次は?大きくなったらきっとこんなのが似合う……
マックスと離婚する前に、あたしはユーリの成長を想像してコスチュームを思い描いていた」
瑠華がぽつりぽつりと漏らす言葉に、俺はまばたきをしてその様子を眺めていた。
掛けるべき言葉を探して―――…でも探したところで―――
彼女にとってベストな言葉は見つからなかった。
「ユーリの成長をこの目で見届けたかった。
小学校に入ってお友達をたくさん作って、お誕生日なんかにはパーティーを開くの。お友達をたくさん呼んで、その頃はぬいぐるみではなく、きっとバービー人形なんかを欲しがるわ。
私立でなくてもきちんとした学校に入れて、そこでのびのび生活してもらって、そしてハイスクールに入ったら、彼女はきっと恋をする。
時々あたしを心配させるようなぐらい帰宅の時間が遅くなって、はじめての親子喧嘩……」
瑠華の言葉は震えていた。語尾が消え入りそうになって慌てて目を擦る。
俺はその手を止めるように瑠華の手首にそっと手をやった。
瑠華が涙で濡れたまつげを上下させながら、ゆっくりと俺を見た。