Fahrenheit -華氏- Ⅱ


「ごめんなさい。こんな話、聞きたくないですよね」


曖昧に笑って、瑠華が眉を寄せる。


俺は無言で首を横に振った。


瑠華の言葉は―――決して実現されることのない未来予想図。


実際、瑠華の娘は瑠華の言った通りの道を歩むかもしれない。




だけど瑠華が娘のその姿を見ることは―――できないんだ。




―――だったらせめて口に出して、その夢を聞いてあげるべきだ。


俺ができるのは、それしかない。


俺は瑠華を安心させるために、彼女の肩に腕を回して彼女を引き寄せた。


そのまま反対に向かせると、瑠華の華奢な体を後ろから抱きしめ、肩に口付けを落とした。


バスオイルのせいか彼女の体はしっとりとしている。


「―――……それで?その先はないの?」


俺が瑠華の耳元で囁くように聞いて促すと、


「―――その先は…」


瑠華は幾分か落ち着きを取り戻したのか、くすぐったそうに笑って、


「ハイスクールに入ったら、アメフトのチアリーダーのチームに入るんです。元気良く飛んだり跳ねたり。


ボーイフレンドはアメフトのエース。二人は周りも羨むベストカップル。


やがて若い恋人たちは愛をはぐくみながら、数年後に小さなチャペルで結婚式。


あたしは真っ白なウエディングドレスを着たユーリの…薔薇色の頬にキスを。


ユーリは泣き出しそうな笑顔でこう言うの。


“Thanks, mom.All up until now.(ママ、今までありがとう)”」




長くて短い……彼女の夢は―――…夢と語るにはあまりにも平凡だったけれど、それでも


彼女には絶対に見ることのできない夢だ。



< 361 / 572 >

この作品をシェア

pagetop