Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「ごめんなさい。こんな話、聞きたくないですよね」
曖昧に笑って、瑠華が眉を寄せる。
俺は無言で首を横に振った。
瑠華の言葉は―――決して実現されることのない未来予想図。
実際、瑠華の娘は瑠華の言った通りの道を歩むかもしれない。
だけど瑠華が娘のその姿を見ることは―――できないんだ。
―――だったらせめて口に出して、その夢を聞いてあげるべきだ。
俺ができるのは、それしかない。
俺は瑠華を安心させるために、彼女の肩に腕を回して彼女を引き寄せた。
そのまま反対に向かせると、瑠華の華奢な体を後ろから抱きしめ、肩に口付けを落とした。
バスオイルのせいか彼女の体はしっとりとしている。
「―――……それで?その先はないの?」
俺が瑠華の耳元で囁くように聞いて促すと、
「―――その先は…」
瑠華は幾分か落ち着きを取り戻したのか、くすぐったそうに笑って、
「ハイスクールに入ったら、アメフトのチアリーダーのチームに入るんです。元気良く飛んだり跳ねたり。
ボーイフレンドはアメフトのエース。二人は周りも羨むベストカップル。
やがて若い恋人たちは愛をはぐくみながら、数年後に小さなチャペルで結婚式。
あたしは真っ白なウエディングドレスを着たユーリの…薔薇色の頬にキスを。
ユーリは泣き出しそうな笑顔でこう言うの。
“Thanks, mom.All up until now.(ママ、今までありがとう)”」
長くて短い……彼女の夢は―――…夢と語るにはあまりにも平凡だったけれど、それでも
彼女には絶対に見ることのできない夢だ。