Fahrenheit -華氏- Ⅱ
パーティー会場は広いホールで、黒やグレーなんかダークな色彩で飾られてた。
ハロウィンパーティーだものね。それでも鳴り響く音楽と、華やかな話し声が方々から聞こえてきて、会場は盛り上がっているようだった。
心音はシャンパングラスをウェイターから取ると、
「Hey!Joshu!(ジョシュ!)」
と手を上げて少し離れたイギリス紳士風の装いをした男性に明るく声を掛けた。二人組みの男連れで、一段と華やかな女性たちが彼らを取り巻いていた。
「Hey,Coco.(やあ、ココ)」
男性がすぐ近くに居た彼―――マックスに目配せし、二人があたしたちの元へゆっくりとやってくる。
洒落た衣装で着飾った、グラマラスな女性たちが残念そうに彼らを見送り、そしてちょっとだけ険のある視線をこちらに向けてくる。
あたしはちょっと俯いて、彼女たちから視線を逸した。
場違いだとは分かる。あたしは西洋人独特の高い身長も、積極性も、色気も持ちえていない。
だけど優雅に歩いてくる彼らを見ると―――まるで現実離れしていて、自分は夢を見ているのだ、夢の中なら多少大胆になってもいいんじゃないか…そんな風に勘違いしてしまいそうだった。
黒いマントをまとうマックスは、そのマントが翻るさままで計算された美しさを纏っている。
まるでスローモーションに流れるその裾をあたしはじっと見つめた。
「I'm so glad you could make it.(来てくれてうれしいよ)」
ジョシュアは心音と抱き合ってキスを交わし、恋人たちの挨拶が終わるとマックスも心音の両頬にキスを交わした。
心音はあたしにマックスの兄であるジョシュアを紹介してくれて、彼とは快く握手を交わし、マックスは―――
あたしの手を取って、ロンググローブ越しにキスを落とした。
布一枚を隔てても、彼の唇から熱が伝わってきそうな―――…
そう、あたしはあのとき紛れもなく彼に恋をしていたのだ。
その何年か後に修復も不可能な程―――この恋が終わってしまうとも知らずに―――
そう、あのときあたしはほんの18の小娘だったのだ。