Fahrenheit -華氏- Ⅱ
応接室はまるで中世のお城のような豪華なものだった。
ここはあたしたちが暮らしていた家ではなく、ヴァレンタインの本家。マックスが育った家。
豪華な装飾が施されたマントルピースの上に置いてあるバーボンの瓶をマックスが取り上げ、あたしにグラスを一つ寄越してくる。
「Ice?(氷は?)」
「No.Straight-up.(いいえ、ストレートで結構)」
飲まなきゃやってられない。そんな風な目でマックスを見ると、彼は僅かに苦笑してグラスに琥珀色の液体を注いだ。
あたしたちはグラスを合わせることもせずに、それぞれのタイミングでグラスの縁に口を付けた。
思えばいつから、こんな風になってしまったのか。
たった数秒グラスを合わせるだけの行為も億劫になっていたなんて―――
マックスは豪華なカウチソファで長い脚を組んで座り、あたしは立ったままゆっくりと部屋を歩き回った。
歩を止めると、視線をどこへやればいいか分からなくなりそうだったから。
そう―――いつの間にか視線を合わすこともなくなっていたのだ。
グラスの中の液体を一飲みして、あたしは彼に向き直った。
「Rachel―――Was she such a name? (レイチェル―――だったかしら?今度のヒト)」
マックスのグラスはすでに空だった。もう一度乱暴な仕草でボトルから液体を注ぎいれる。
レイチェル、と言うのは当時のマックスの浮気相手だ。
これがはじめてではない。浮気も3度目を越すと、さすがにあたしの対応も慣れたものになる。
レイチェルのことはティムから聞いた。彼女はヴァレンタインが取引をしている銀行の頭取の娘で、マックスは軽い気持ちで近づいたがどうやらレイチェルの方はそうでなかったみたい。
「I’m told "To want you to be divorced" by her. (君と離婚してくれ、と言われている)」
マックスはそっけなく言ってグラスを傾ける。
「Do you have mind of being divorced from me? (する気はあるの?)If I am divorced from you, do you marry Rachel?(離婚したらレイチェルと結婚する?)」
「No,I don't have mind of being divorced from you. And there is also no mind of marrying her. (まさか。俺は君と離婚する気もなければ、彼女と結婚する気もない)」
「Why not?(どうして?)」
あたしは目を細めて、そのときはじめてマックスを見据えた。