Fahrenheit -華氏- Ⅱ
だけど真咲はそこに居ない。
誰も居なかったんだ。
慌てて前を向くと、二村と緑川の姿は消えていなかった。
「邪魔なんですよねぇ。あなたの存在が。
ついでに言うと柏木さんの存在も―――
あの人は俺にとって脅威だ。
俺の計画を邪魔する―――魔女だよ」
二村はくすくす笑って、緑川の頬にそっとキスを落とす。
恐ろしいほど残虐的な物言いなのに、その仕草は酷く愛しそうで―――俺は逆にそれが怖かった。
「お前はさながら城を乗っ取ろうとしてる悪魔か?」
俺が呆れたように言うと、二村はまたもにやりと笑った。
「俺は“魔王”ですよ―――新しく城の王になる者」
「バカか、お前は。ゲームのやりすぎで頭イカれたか?」
「ゲームですよ。会社運営も乗っ取りも全部ゲーム。
俺はあんたとは違う。ゲームの中の登場人物の一人じゃなく、俺は操る者」
あっそ。勝手にやっててくれ。
半ば呆れて肩をすくめると、二村の向こう側に今度は瑞野さんが現れた。
「姫のお出ましだ」
二村はまたもにやりと笑うと、緑川を抱きかかえたまま闇に消えていった。
「二村っ!緑川はどうなる!瑞野さんが姫だったら、緑川は―――」
闇の中…見えない二村の姿に向かって俺は怒鳴った。
「葉月は俺の駒だ。可愛くて忠実な―――ね」
と高らかな、それでいてぞっとするような優しい声音が響いてきた。