Fahrenheit -華氏- Ⅱ
二村の前任の男は俺は良く知っている。
なんと言っても俺が四月付けで異動になるまで、彼は俺の下で働いてくれていたから。
俺より五歳年上の31歳。真面目で、努力家。責任感が強く、佐々木と同じタイプの人間だ。
ただ、少し気の弱いところがあって、何度か納期遅延を出し、それで俺がメーカー側と交渉した覚えがある。
大人しくて、寡黙な男だった。
その彼が今月付けで退職した。
理由は―――うつ病だった。
7月を過ぎた辺りからなんとなく顔を見ないなぁなんて思ってたけど、何せ他部署であるから俺もそれほど気にかけてられない。
9月いっぱいで辞めることを、内藤チーフ…四十過ぎの女性で夫と子供が居ながらもバリバリのキャリアウーマンだ。から聞いてびっくり。
「ほら、今年から村木次長が新しく部長に就任したでしょ?神流部長と違って厳しいから」
いや…俺も優しくはなかったよ?
何度か彼を怒鳴った覚えもある。
それでも彼は一言も反論せずに、俺の怒鳴り声をうな垂れて聞いてたっけ。
「神流部長はほら、飴とムチの使い方が上手なんですよ。怒ったあともさりげなく声を掛けたりしてフォローしてたじゃない」
そーだっけ…??
「神流部長は長所を引き伸ばす力に長けてたけど、村木次長はだめね。怒ってばかり」
内藤チーフはため息をついたが、俺は苦笑い。
「僕は怒ったことをすぐ忘れちゃうんですよ。ほら、典型的なB型だから♪だから次の瞬間はケロっとしてるんです」
俺の言葉に内藤チーフは含みのある笑顔を向けてきただけだった。