Fahrenheit -華氏- Ⅱ
何だってんだ。
あんなにしつこく誘ってきた割りにあっさりと引き下がる。
引き際を心得てるって言う感じに見ようによっちゃ見えるが、
それでもあいつのリズムが全く読めない。
渋々諦めたみたいだけど、その態度は妙に清々しいし。
次の機会を狙っているようにも思えた。
「大丈夫?」
俺はちょっと心配になって瑠華を見ると、瑠華は少しだけ顔色を悪くして席を立ち上がった。
「すみません。さっきから調子悪くて…」
口元を押さえながらバッグの中をごそごそとまさぐり、小さなポーチのようなものを取り出した。
ブランドもののバッグから取り出したのは、それに不釣合いなディズニーの小さなパスケースのようなものだ。
淡いハチミツ色をしていて、くまのプーさんの絵柄が入っている。
「薬入れなんです」
そう言って瑠華は小さくて長細いパッケージを取り出した。
体調が悪いのかと心配だったが、瑠華の「調子悪い」ってのは心の調子のことだ。
一人にして欲しいかな、と思って彼女のあとについていくことを躊躇ったが、結局心配で俺は何となく距離をとりながらも彼女のあとを追った。
俺、ストーカーみたいだ。裕二をつけまわしている女のことをあれこれ言えねぇな…
給湯室の冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、瑠華は無言でその口に口をつけた。
封を切った液体の薬を流し込み、顔をしかめながら飲み込む。
白い喉がごくんと上下して、
「ふっ…」と小さく吐息を漏らした。
何となくその様子を給湯室の入り口で眺めていると、瑠華が俺の存在に今気付いたようにちょっと目を広げた。
「あ!ごめん!!ちょっと心配だったから!」
慌てて手を振り、
「いいえ。ご心配をお掛けして申し訳ございません」瑠華が深々と腰を折って、俺はちょっと苦笑いを漏らした。
「さっきまで普通ぽかったけど、急にくるもんなの?」
おずおずと俺は聞いてみた。
俺自身経験のないことだからその状態がいつ、どの状況でやってくるのか全く分からなかったから。