Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「午後から少しずつ……」
瑠華は言い辛そうにしてちょっと顔を伏せた。俺から視線を逸らしシンクの方を見ている。
「生理の前だからホルモンバランスの関係で、特に気分の上下が激しいんです。ピルを飲んでるから予想はできますが、どうしても気持ちのコントロールだけは難しくて」
そうか……そうだったんだ…
女性てのも大変だな。
真咲のときもそうだった。あいつはとにかく苛々して気が立つから、俺は怒らせないようにするのに気を遣った。
性格の問題でもないし、こればかりは俺もどう対処していいのか分からないが。
……と、まぁあいつの話は今置いておいて……
「ちょっと不安定だったときなのに、二村さんがしつこくて苛々してまして」
「あいつな。あいつも何考えてんだよ、まったく」
俺には、全くあいつの考えが読めん。俺はふん、と鼻を鳴らして忌々しそうに腕を組んだ。
「挑発してるんですよ、部長を」
瑠華はいつも通りの冷静さでシンクから顔を戻して、
それでも苛立ちからだろうか、腕を組みながらペットボトルを握る手にちょっと力を入れた。
ペコッと音がして柔らかいペットボトルが凹む。
それが瑠華のリアルな怒りに思えて、俺はちょっと目をまばたいた。
「…挑発…」
「そうとしか思えません。あの態度からすると私たちの間柄に、薄々気付いているようですし。
しかし私たちが彼の本性を知っているのを向こうは気付いていないみたいですね。それは好都合です。
彼もまさか緑川さんが私たちに喋ったとは思わないはず」
「まぁなぁ。緑川にとっちゃあまり自慢できる立場じゃないしな」
二号さんかも、なんて堂々と宣伝するヤツもいまい。あいつだって思い悩んでの末だったに違いない。
「利用できるものは最大限利用する、見かけによらずずる賢くて冷徹なタイプですね彼は。
私をしつこく誘ったのも、部長が本気で怒り出すのを待っていたんでしょう。あの場所で問題が起これば彼にとっては好都合。
何せ他の部署もほとんどが稼動していたわけですし。
私に気があるなんて素振りは嘘ですよ。あなたも気をつけてくださいね」
そう言われて、
「はい!」と俺は気をつけの姿勢。
なるほど~…そう言うことかぁ。
いまいち二村の行動が読めなかったが、そう言う意味があったのか。