Fahrenheit -華氏- Ⅱ



「でも明日って急じゃねぇか?」


「うっせ。急でも何でも早く片付けたいんだよ、俺ぁ。明日は土曜日だ。丁度都合がつく」


綾子は明日瑠華と出かける約束をしている。


ハロウィンパーティーに着ていくドレスを選びに行くそうだ。ついでに桐島のお祝いの品を選んでもらって、瑠華にはなるべく遅くまで綾子を引き止めてもらうつもりだ。


くそ。


俺だって行きたかったのに!瑠華のドレス選び!!俺だって見たかったよ!!


しかも瑠華を説得するのに、また時間が掛かった。


本人が嫌がったわけではない。(まぁ嫌だろうが諦めた節はある)


『とにかく綾子を裕二のマンションに近づけたくない。勝どきを避けて欲しいんだけど』


と言うと……


『“勝どき”……』


瑠華が口の中で呟いた。


なぁんか嫌ぁな予感がして俺が瑠華を見下ろすと、


『何故“勝どき”はあって“負けどき”ってのはないんですかね』


出た!


瑠華の変なスイッチ!!


ぅ~ん、絶好調……


それまでの不調が嘘のように、瑠華は『おかしいですよね。やっぱり“負けどき”だと縁起が悪いからですかね』


とブツブツ。


『そ、そうね~。やっぱ何事も前向きに行かないとネ♪』


こないだはタピオカについてブツブツ気にしていたな。※「Fahrenheit -華氏- 」 参照


探究心が旺盛なのは結構なことだが、こうなったらしばらくこの“勝どき”についての討論がなされる確率は経験上99.9%。


『ほら、柏木さんコーヒー冷めちゃうよ。デスクでゆっくり飲んだら~』


と、言う具合に無理やり瑠華をフロアに戻した。



―――「…と言うわけだ。瑠華を説得するのに苦労したからな。超過料金払ってもらうぞ」


俺はぞんざいに言って手を差し出すと、


「はぁ?勝どきじゃねぇって。それは前の住居だ。今は南品川だ!お前、俺のマンションぐらい覚えておけよ!


ってか何度か今のマンション来てるよね!!」


裕二の突っ込みが入り、


「あれ?そーだっけ…?」


「俺は東京(ここ)きて引越し一回しかしてねぇぞ。俺は引越し魔のお前の住所を一々覚えてるってのに、何でお前はそんなこと知らねんだよ!」


裕二が勢い込み、


「……大丈夫か、お前に任せて良いのかどうか不安になってきた」


とがくりと肩を落とし、額に手をやる。


「何だよ。ヤだったら俺は降りるからな」


瑠華の写真を手に入れられないのは痛いが、それは綾子に消させれば何とかなるし。


何と言っても本物を近くで拝める立場なんだ。無理して裕二に付き合うこともないしな。



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