Fahrenheit -華氏- Ⅱ
昼食には麻布にあるイタリアンの店をチョイスしてみた。
瑠華が何をご所望か正直今の俺には考えられる余裕などなかった。
とりあえず、女の子でイタリアンが嫌いな子はいないから。って単純な理由。
ランチの時間帯か、店の前には少しの列ができている。
大通りに面してるわけじゃない隠れ家チックは一軒屋風の店なのに、みんなどこからか情報を仕入れてくるんだろうな。
待つのは嫌いだし面倒だが、今から違う店って言うのも時間の無駄だし、そもそも同じ時間帯他のどこの店だって混むだろう。
大人しく瑠華の家で昼食を食っていれば良かったのか。
いや、あの静かな部屋で瑠華と黙って向き合って食事なんて今の俺には無理!
あの微妙な空気に窒息死しちまう。
待っている間にメニューを渡され、二人で覗き込むも俺たちの間に微妙な距離ができていた。
「こ、これなんてうまそうじゃない?」
俺が指し示したのはメイン料理のサバの香草焼き。
瑠華はあまり興味を示さなかったのかわずかに目を細めただけだったが、すぐに
「私はこちらが」と言って『白身魚のバルサミコソース』を指し示した。
そのお陰がほんの少しだけ距離が縮まり、俺はそろりともう一歩横にずれてさりげなく瑠華の隣に忍び寄った。
瑠華がその気配に気付いたのか更に一歩横にずれて俺の傍を離れる。
な、何故…
「やっぱり『メカジキのフィレ』の方が…」と指差している瑠華。
も、…もう、我慢できない!
バサッ!
メニュー表が地面に落ちて派手な音を立て、落ちる瞬間がスローモーションのように流れる。
その行方を瑠華も目を開いて視線だけで追い、そんな彼女を
ぐいっ
俺はやや乱暴とも言える手付きで彼女の腕を引いた。
「あのさ。何か怒ってるの?」
俺が瑠華を見下ろすと、彼女は大きな目をまばたきさせて、少しの間俺を見つめ返していた。
だけどふいに視線を逸らすと、
「別に…怒ってません…」と小さく答える。
嘘だ。
さっきの無言のiPod攻撃だって怒ってたから俺に聴かせたに違いない。
悪いのは俺だけど、何に対しての怒りか何を思ってるのか聞かせて欲しい。
「離して下さい」瑠華はやや低い声で答えると、俺の手を振り払おうとした。
俺はその手を
―――離さなかった。