Fahrenheit -華氏- Ⅱ
乱暴なことをしているつもりもないし、そもそも俺は怒っているわけではない。
だけど瑠華は俺の顔を見て一瞬だけ怯える表情を浮かべた。
俺は瑠華の僅かに持ち上げた手をゆっくりと降ろし、だけど彼女から手を離すことはなかった。
「―――……離して…ください」
彼女はもう一度小さく呟き、眉間に皺を寄せながら顔を逸らす。
いつだってまっすぐに俺を見てきた瑠華。
それはどんな場合でも。
互いの愛を確かめ合うときはもちろんだが、悲しんでいるととき、怒ってるとき―――だって。
だから
彼女から顔を逸らされるのがこんなにも辛いことなんて
―――はじめて知った。
「Let go….(離して…)Please.(…お願い)」
消え入りそうな小さな声で言って瑠華は首を折った。
俺は僅かに首を横に振った。
項垂れている彼女から俺の表情なんて分からないはずなのに。
そうすることしかできずに、瑠華は俺の手から自分の腕を引き抜こうとした。
俺は再びその手に力を入れ、
「答えは…Noだ」
そう言って彼女を腕を引き、地面に落ちたメニュー表だけを置き去りに列から離れた。
前後に並んでいた客達が面白そうにに俺たちを見送っていたが、「見世物じゃねぇ」と言う視線を送ると、客たちは慌てて視線を逸らす。
俺は彼女の手をひたすらに引いた。
「ちょっと…どこまで行くんですか?」
瑠華が俺に引っ張られながらも懸命についてくる。
店の近くにあるコインパーキングまで移動すると、俺は車を開錠して助手席のドアに手を掛けた。
「どちらへ?」と怪訝そうに…と言うか不安そうにしている瑠華を無言で促して、
彼女は何も言わない俺にやがて諦めたのか自らドアを開けて中に入り込もうとした。
そのとき
俺は瑠華の肩を引き寄せ、またも強引と呼べる力で彼女を前に向かせた。
驚いた顔をしながら俺を見上げてくる瑠華と―――
やっと目があった。