Fahrenheit -華氏- Ⅱ
桐島の左手薬指にはキラリと光るプラチナのリングがはまっている。
「予定日は一週間後だよ。まだ気配がないから本人は心配してるけど」
「おまえは相変わらずのんびりだな。心配じゃないの?」と裕二。
「心配は心配だけど、マリのお母さんが初産はどうしても遅れ気味になるから気にしないでって言ってたし」
「そうらしいわねぇ。あたしも経験がないから分かんないわ。出産は立ち会うの?」
「そのつもり。今からドキドキしてるよ」
と桐島はちょっとはにかみながら笑った。
幸せそうな笑顔だった。
「血ぃ見てぶっ倒れるなよ?」俺は「いしし」と笑うと、わざと強めに桐島の背中を叩いた。
気をつけるよ、と桐島は軽く流し、視線を俺たち三人に向けた。
「次は、綾子ちゃんと裕二?それとも啓人と柏木さんとこかな」
俺たち三人は互いに顔を合わせ、
「「「あ~、ないない」」」と、これまた三人声を揃えた。
「まぁお前ンとこは分かるわ。柏木さん子供嫌いだったもんな」
裕二が思い出したように口を開いた。
そう言えば言ってたっけね。そんなこと。
俺は瑠華が子供を要らない本当の理由を知っている。
『あんなに、愛おしい者を手放さなきゃならないなんて―――
それだったら最初から居ない方がいいんです』
瑠華の悲しみにまみれた弱い声を、俺は頭の中でそっと反芻した。