Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「神流―――…部長…」
二村は人懐っこい大きな目を開いて、その場で固まった。
「ぃよ」
俺は何でもないように気軽に手を挙げると、二村も釣られて手を挙げた。
「お疲れ様です…」
「あ、ちょっと用があって…」
緑川はもごもごと口の中で言い訳。でもその呆れるような子供っぽい言い訳にも二村は動じず、ただただ俺の登場に驚いているようだ。
何だよ…女の浮気相手でも見ちまった反応はよぉ。
てか俺緑川とどーこうなったわけじゃないからな。
「なーんだよ、二村。緑川と付き合ってたんか?」
俺はわざとニヤニヤ笑い口の端を歪めると
「…いえ…」二村は言いかけて
「はい」
慌てて訂正した。
あっさり認めたのは、言い逃れのできない状況だって分かったからか。
「部長は何でここへ?」
すぐに体勢を整えるように、二村が訝しむように目を細め、
「ついでだ、ついで。これから裕二んとこに行くの。お前知ってる?
システム管理室の主任の麻野。
ちなみに内線番号は703。メガネのパソコンオタク野郎なのに、社内きっての遊び人の麻野 裕二」
俺はわざとふざけて言うと、
「ええ、知ってます。身長184cmの体重62㎏。
うらやましいな。あのプロポーション♪
ついでに出身は京都でO型。
パソコンオタクだと言ったけれど、都内の某有名システム専門学校の主席卒。
専門学校に籍を置いてるときは優秀で、その実力は現役のSEたちも絶賛している。
でも一浪してるから部長より一歳年上ですよね」
二村は勝ち誇ったように笑顔を浮かべ、
知らなかった……
あいつO型だったのか。
と、長い付き合いだと言うのに今更その事実を知った俺。
てかこの場合突っ込むとこそこじゃねぇだろ!
「何でそんなこと…」
緑川が怪訝そうな顔で二村を見上げ
「人事部に知り合いが居るんだ。ちょっとしたコネだよ。
俺は神流部長のこともよぉく存じ上げてますよ。
よぉく、ね」
二村は含みのある笑みを浮かべて俺に笑いかけた。