Fahrenheit -華氏- Ⅱ
銀座の人が溢れる街中を歩きながら空を見上げると、薄暗い雲がビルとビルの合間を覆っていた。
流れる雲のように人波が早く移動している。
みんな迷わず、しっかりとした足取りで目的地に向かっているように思えて
あたし―――…あたしは一体どこへ向かっているのだろう。
少し前を歩く綾子さんの背中を見つめ、思わず立ち止まって手のひらを見つめる。
どうしてこんなに不安になるんだろう。
『Who is Emily?
(エミリーって誰?)』
ふと過去の自分の声が聞こえて、ぼんやりとした視界の中、
『She's client.
(彼女は取り引き相手だ)』
いけしゃぁしゃぁとそう言い訳した彼。
『Hmm.Do you go to a client and a hotel?
(クライアントとホテルに行くの?)
Is a meeting held on a bed?
(打ち合わせはベッドの中?)』
嫌味で言ってクレジットカードの請求書を投げつけてやると、彼は顔をしかめた。
『Hey Louie. Communicate clearly with one's client.
(なぁルーイ。クライアントとコミュニケーションを取っただけだ)
Why can't you see that?
(分かってくれよ)』
『Communicate! Huh?
(コミュニケーションですって!はっ?)
Don't go dissin' me!
(バカにしないでよ!)』
クレジットカードの請求書は家に届いたわけではなかった。
抜かりなく彼の私書箱に投函するよう手配はしてあったけれど、それを見つけ出した時点でアウト。
何故私書箱を見つけられたのかは、ボーディガードのティムのお陰だった。
その存在を教えてくれたときティムも、もうマックスの何度目かの浮気にいい加減辟易していたのだ。
『I'm sorry. I didn't mean to hurt you.
(瑠華、意図して君を傷つけるつもりは無いが、
Can't help but comment.
(黙っていられなかった)』
ティムは悪くない。
教えてくれてよかった。
『Son of a bitch.』
あたしはその請求書を握りつぶした。