Fahrenheit -華氏- Ⅱ
俺はソファで一人背筋を正して、意地でも「帰りません」オーラを流している女の元に行くと、腕を組んで女を見下ろした。
それでも口を真一文字に結んで、俺と目を合わせようとしない女。
俺の真剣な睨みに動じないヤツは初めてだ。
佐々木やシロアリなんて俺がマジで睨めばすぐにビビって身を縮こませるってのに。
いや、啓人、落ち着け。相手は佐々木やシロアリじゃない。もしかして、シロアリより強敵かもしれない。
敵を知るにはまずリサーチからだ。
「どこに住んでるの?」
俺は見るからに似非クサイ笑顔を張り付けて女の元にしゃがみこむと、ローテーブルに肘をついて、にこにこ聞いた。ストーカー女は俺の急変した態度を不審に思ったのか、ちょっと口を開いたがすぐに言葉を飲み込むように口を閉ざす。
ちっ
押してダメなら引いて…なんて古典的なことを考えた俺がバカだ。
押してダメなら、ひたすら押すしかねぇな。
「確か仙台坂辺りだよね。ここからそんなに離れてないし」
これは勘でもなくハッタリでもなく、事前に裕二から仕入れた情報だ。
ニコニコ言うと、女がようやくこちらに振り返り
「……何で…そこまで知ってるの…?」と言いたげに眉をひそめた。
「言ったろ?俺と裕二の付き合いは長いって(まぁあながちハズレではない)」
「だからって付き合ってる証拠にならない」
一瞬だけ目が合ったものの、女はすぐにぷいと目を背ける。
「他にも知ってるぜ?品川に戸越公園、最近では目黒の方でも。あいつ浮気魔だから」
これは全部ホントウのことだ。ただし綾子と付き合う前の話だがな。
「嘘!そんなの嘘よ!だって裕二『お前が好きだ』って言ったもん」
女が目を吊り上げる。
バカだな、裕二も。こんな面倒そうな女に嘘とは言え甘い言葉掛けるなんて。
面倒を……
呼ぶだけじゃねぇか!!くそったれ!