Fahrenheit -華氏- Ⅱ
女が流した涙が頬を伝わり顎の先へと流れ落ちた。
「あたし……あたしはそれでも裕二が……」
ストーカー女は瑠華に諭されても考えを覆す気配を見せない。
瑠華の説得力ある言葉にも反応しないって、相当だな。
流石の瑠華もちょっと「お手上げ」と言った感じでこちらをちらりと見てくる。助けを求められている、と感じた。俺は裕二と綾子に後を引き継ぐつもりだったが、瑠華は瑠華で関わってしまった以上、この女を放っていけないんだろう。
俺は大きくため息を吐き
「君がやってること、思ってることは
『恋愛』じゃない。
それは『依存』だ。
『依存』は悪いことじゃないし、むしろそこまで盲目に好きになれる何かがあることは羨ましいと思う。
でも
裕二が君の“迷惑行為”にうんざりして、今付き合ってる女と切れて、君の元に行ったとしよう。それで君は満足か?」
はっきりと『迷惑行為』と言う言葉を出すときはさすがに戸惑ったが、この女にはちょっとやそっとの言葉では通用しないと分かったから言った。
案の定、女が涙を溜めたままの目でゆっくりと裕二をふり仰ぎ
「迷惑行為……?あたしが裕二に迷惑を……?」
ここになってようやく動揺を示した。
気付いてなかったことに驚いたが、気づいてたらこんな行動取らないだろう。
瑠華はその一瞬の表情を見逃さなかったのだろう。
「そうです。あなたも近年横行している“ストーカー規制法”と言う言葉をご存じでしょう?」
裕二の代わりに畳みかけるように瑠華が答えた。
唯一の突破口を見つけた。と言った感じだ。
「ストーカー……あ…あたしが……?裕二のストーカーだって言うの……?」女は聞き慣れない言葉を耳にしたような顏をしてしきりにまばたきを繰り返す。
「あなたが行った数々の迷惑行為はストーカー規制法に違反するものです。麻野さんのマンションに常識では考えられない時間帯に訪れてはインターホンを押し続ける。執拗なメールをする。
さらには会社まで押しかけてきて…このことに関しましては多くの職場の人々が目撃しています」
「そんなことまで……?」
何も知らない綾子が唖然として、こちらもまばたきを繰り返している。
「あなたがそれでもなお、その行為がストーカーではないと仰るのなら、こちらも手立てがあります。
メールも、もちろん麻野さんの携帯に残っている筈だし、インターホンに関しましてはマンションの管理会社で記録を閲覧することも可能です。
それらの証拠を警察に持って行って、場合によっては裁判を起こすことも可能です。
ストーカー行為をした者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金が課せられるのですよ。
あなたがそこまで“好き”になったこの男は、それだけのリスクを犯してまで
欲しいものなのでしょうか?」