Fahrenheit -華氏- Ⅱ
俺はシロアリ緑川が確かに体調を崩していそうなこと報告した。
「大丈夫なんでしょうか」
と、瑠華は心から心配している様子。
本人から「風邪」と言う一言は聞いてないが、たぶん軽度の風邪だろう。声も枯れてなかったし、くしゃみをしていたわけでもない。ただ、どことなく体調は悪そうだったが。ま、走る元気さえあったからな、そこまで酷くはないだろ。
走る―――……
と考えが過った瞬間、あの赤ん坊の手が緑川の背後に浮かんでいたのを思い出し、俺は軽く頭を振った。
今までは、瑠華や俺の周囲に現れていたあの小さな手。
何故緑川に―――
いや、ただの偶然だ。俺は錯覚を起こしていたに違いない。見える見えると思ってたから、見えただけで、本当は何もない
筈。
それから―――
「緑川の部屋から二村が出てきて、鉢合わせた」
と、報告するときは何故かハンドルを握る手に汗が浮かんだ。
「二村さんが?」
瑠華が表情を歪めて顎を引く。
「ごめん、緑川の様子を見てすぐ帰るべきだったけど」
言い訳のように聞こえるが……まぁ言い訳なんだけどね。
「いえ、あたしに謝られましても」と瑠華は苦笑い。
とりあえずは、「何故早く帰らなかったのですか!」とお怒りが無かったことにほっとするが
「二村さんは何と仰っていました?どんな会話を?」と間をおかず聞かれて
「あいつ、“一応”は緑川が『彼女』だと言うことを認めたよ。まぁ認めたと言っても本人の居る手前『違います』なんて言えないって言うのが本音だな。
今、緑川の気持ちがあいつから離れて行かれると、あいつ自身が困るからな」
「最低ですね」
瑠華は吐き捨てるように一言。
まぁ俺が言うのもなんだけど、
二村
お前、サイテーだよ。
「それから、裕二のことあれこれ知ってた」
「麻野さん?何故彼のことを?」瑠華が不思議そうに目をまばたく。
「いや、これから裕二ンとこに行くから、そのついででって感じで話したら、あいつ裕二のデータをペラペラしゃべってきて。
出身がどこか、とか専門学校での成績とか、あと血液型なんかも。そいえば身長体重まで知ってたな。
何か、人事にコネがあるとかないとか」
最後の言葉に、瑠華がはっきりと分かる程険しく眉を寄せたのが横目で分かった。