Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「それは、はっきりと分かる“脅し”ですね」
瑠華の言葉に俺は目をまばたいた。
「どういうこと?」
「麻野さんのデータをそこまで詳細に知っている、と言うことはあなたや、あたしのことも簡単に調べられる、と言うことですよ。
もしかしてもう知っているかもしれません」
瑠華は淡々と言ったが、その顔には険しい何かが浮かんでいた。
「まぁ知られたところで、言いふらされて恥ずかしい行いはしていませんが」
と、瑠華はキッパリと言い切ったが……てか、そんな風に言い切っちゃう瑠華、かっこいいぜ!
なんて感心してる場合じゃないな。
「でもやっぱり
他人に知られていいことなんてないよ。
瑠華に離婚歴があり、さらにその相手はヴァレンタイン財閥の御曹司。
その上、子供までいた―――なんて
瑠華が傷つくのは
目に見えてる」
そう、瑠華の過去を知るのは俺だけだ。それは独占欲とかそう言った類ではなく、噂が回るのが早い会社で瑠華が影で何を言われるのか大体想像できる。
だから俺は裕二や綾子、桐島にそのことを言っていない。まぁあいつらは勝手な憶測をしてあれこれ言いふらすヤツらじゃないことは確かだが……
でも変な同情を買われるのもきっと瑠華は良い顔しないだろう。
離婚裁判の末、親権を奪われた―――と、までは個人情報に載っている筈がないし。
裕二たちに知られても構わないが、
何も知らない社員たちがそのことを知ったら―――………?
子供を捨てた悪い母親
と言うレッテルを貼られるに決まっている。
捨てたくて捨てたんじゃない。
―――奪われたんだ。
自分の命より大切な
唯一無二の存在を―――
何も知らない社員たちの口汚い噂を耳に入れたら瑠華がどれだけ傷つくか
それだけが心配だ。
「優しいんですね」
瑠華の声を聞いて、俺は顔を彼女の方へ向けた。
ちょうど信号は赤信号で前の車のブレーキランプが灯ったところだった。