Fahrenheit -華氏- Ⅱ
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ピッチャーのユウキさんは今日は不調らしく、投げる球のコントロールが悪い。
サインを出す水澤さんも、表情を歪めている。
そんなわけで相手チームにパカパカ打たれるわけだから、必然的にセカンドの俺は走りっぱなし。
10月半ばだというのに、走り回っているとユニフォームは汗でびっしょり。
休む間もなく守備と攻撃が慌しく変わり、またも打者が回ってきた。
「啓人、次外したら降ろすぞ~」と水澤さん。
くっそぅ。いい加減なくせに容赦ないんだから。
「彼女への想いを球にぶつけろ~」なんてありがたぁいアドバイスをくれる人も。
バッターボックスに立ち、バットを構える。
相手方のピッチャーが振りかぶった。
瑠華への気持ち、瑠華への気持ち…
口の中でぶつぶつ唱えながら。
好き、とか?愛してる、とか?
いやいやそんなんぶっ飛ばしたらダメだろ!
こうもっと…ぶっ飛ばしたい何か―――
球が視界に飛び込んできた。
結構な速さだ。
110キロ代じゃない?
ボールがバットに近づく瞬間、
―――Hello?Isn't this cellular phone Ruka?(もしもし?この携帯はルカのものではないのですか?)
I'm sorry.I have the wrong number.(どうやら番号を間違えたようです。申し訳ない)
あの低い声が脳裏を掠めた。
カッキーン!
乾いた音が空に響き、ベンチがわっ!となった。
俺の打った球は、
外野の頭上を超え、さらにはフェンスの向こう側へと消えていった。