Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「コーヒー切らしてて、紅茶でいい?」
心音はあたしの返事を聞かずにキッチンで、紅茶の缶を開けた。
相変わらずマイペース。
「お気遣いなく」あたしはスーツケースを部屋の隅に置くと、白いソファに座った。
広いワンフロアで、寝室とリビング、キッチンと仕事場がすべて入っている。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋。
仕事場のスペースになっているデスクは所狭しと何台ものパソコンが並んでいる。
部屋を取り巻く冷気にあたしはぶるりと身震いを感じた。
相変わらず寒い部屋…
そう言えば心音も、まだ10月だというのにロングニットを羽織っている。
仕方ないか。
彼女にとってこの場所は生活する、というよりも仕事場のサーバールームになっているから。
心音の仕事はコンピューターを中心とする売れっ子ゲームプログラマー。
びっくりするぐらい現実主義者のくせに、随分夢のある仕事をしている。
「人を雇わないの?」
興味本位で聞いてみた。
「面倒くさいわ。仕事まで人に気を遣うのなんてごめんよ」
彼女らしい台詞に、あたしはクスリと微笑んだ。
そしてふっと誰かの影に彼女が重なった。
この喋り方とか、考え方とか――……
そっか…
心音は啓に似ているだ。
だからかな。
あたしが啓に惹かれたのは―――