Fahrenheit -華氏- Ⅱ
心音はカップをテーブルに置くと、乱雑に散らかった物の中からタバコの箱を取り出した。
流れるような動作で火を点けると、
「彼氏…できたんでしょ?いい男?」
とちょっと赤い唇に微笑を浮かべた。
女のあたしでもちょっとドキッとするような色っぽい微笑み。
何でも見透かしていそうな黒い瞳に見つめられ、あたしはちょっとと吐息をついた。
心音は何て言うだろう。
ニューヨークを発つときに、「恋人なんて作らない。恋なんてしない。男なんて要らない」って宣言したから。
あのとき心音は、ただ黙ってあたしの言葉を聞いていたっけ。
彼女は賛同も、反論もしなかった。
「できたわ」
あたしはカップを僅かに傾け、琥珀色の液体の中にゆらゆらと浮かぶ自分の顔を映し出した。
「良かったじゃない。まだ若いしね。で、どんな男?」
心音はにっこり笑うと、黒い瞳を子供のようにわくわくと輝かせた。
その反応にちょっと安心を覚える。
「会社の上司。神流グループって知ってる?そこの御曹司よ」
「神流グループは知ってるわ。それはまたいい男を捕まえたじゃない。玉の輿?」
心音は長い脚を組むと、その上に頬杖をついた。
「写真ある?」