Fahrenheit -華氏- Ⅱ


心音はカップをテーブルに置くと、乱雑に散らかった物の中からタバコの箱を取り出した。


流れるような動作で火を点けると、


「彼氏…できたんでしょ?いい男?」


とちょっと赤い唇に微笑を浮かべた。


女のあたしでもちょっとドキッとするような色っぽい微笑み。


何でも見透かしていそうな黒い瞳に見つめられ、あたしはちょっとと吐息をついた。


心音は何て言うだろう。


ニューヨークを発つときに、「恋人なんて作らない。恋なんてしない。男なんて要らない」って宣言したから。


あのとき心音は、ただ黙ってあたしの言葉を聞いていたっけ。


彼女は賛同も、反論もしなかった。





「できたわ」





あたしはカップを僅かに傾け、琥珀色の液体の中にゆらゆらと浮かぶ自分の顔を映し出した。


「良かったじゃない。まだ若いしね。で、どんな男?」


心音はにっこり笑うと、黒い瞳を子供のようにわくわくと輝かせた。


その反応にちょっと安心を覚える。


「会社の上司。神流グループって知ってる?そこの御曹司よ」


「神流グループは知ってるわ。それはまたいい男を捕まえたじゃない。玉の輿?」


心音は長い脚を組むと、その上に頬杖をついた。


「写真ある?」






< 77 / 572 >

この作品をシェア

pagetop