Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「向こうに着いたら連絡しますね。仕事用の携帯は24時間繋がりますから、何かあったらかけてください。
あ、そうそう。大波衛材さんの件ですが、稟議(リンギ:案を関係者に回して、その承認を認めること)をあげておきましたので目を通しておいてください。
あなたの決済(承認)が降りれば、あとは発注だけですので」
まるでマニュアルを読み上げるように淡々と口にして、彼女は履いていく靴を選んでいる。
相変わらず仕事が早いのね。
ってか、相変わらずそつもなけりゃ隙もない。
広い玄関口の、茶色い落ち着いた靴箱にずらりと並んだハイヒールたち。どれも10㎝ほどのピンヒールは殆どが※ダイアナのものだ。
ダイアナのブランドがお気に入りだとか。
※(靴のブランドです)
瑠華は指先でそれらを選びながら、
「それから、イギリスのローズウッドにサンプルのファックスを…」
と言い掛けふらふらと靴たちの間を彷徨っていた指先を、白いパンプスで止めた。
先の尖ったデザインで、彼女お気に入りの一足だ。
上の方にあるパンプスを、瑠華は背伸びをして手を伸ばした。
彼女の背後で、俺は腕を伸ばすと、そのお目当てのパンプスをひょいと手に取る。
瑠華が俺を見上げた。
152㎝の小柄な身長で、182㎝の俺を見上げるのはいつも大変そう。
「これだろ?」
「ええ。ありがとうございます」
「お礼は体でして♪」
背後からぎゅぅと抱きしめると、彼女はウエストに回した俺の手をぎゅっと軽くつねる。
「遊んでる暇はないんです」
「はい……」
くすん
ピシャリと言われ、俺はしゅんとうな垂れた。