Fahrenheit -華氏- Ⅱ
でもあたしにも分からないことはある。
「なんでマックスは復縁を迫ってきたのだろう。あの人が望めばあたしより綺麗で心優しい女の人たくさん居るだろうに」
心音は軽く肩を竦めると、
「さぁ。ここらの女を狩り尽くしたんじゃない??」
狩りって……
まぁ否定もできないけどね。
「なんだかんだでさ、結局4年は連れ立ってたわけだし?情はあるんじゃないの?」
「あたしはないわ」
ぞんざいに言ってあたしは紅茶を飲み干した。
「そうは言うけど、あんたはユーリの母親なんだし。あいつの事情よりむしろユーリがあんたを恋しがってるんじゃない?」
あたしは顔を上げた。
ユーリ……
その名を聞くと、胸がズキリと痛む。
手放した小さな手の温もりを。あたしを呼ぶ声を。あたしを抱きしめる小さな体からいつも、バニラのような甘い香りを漂わせていたことを。
すべて、もうあたしの中からすり抜けていった。
あたしは心音と同じように脚を組むと、彼女をまっすぐに見据えた。
過去を切り捨てるように、今ぶらさがっている現実を見るように。
「過去の男の話はここで終わり。ここからはビジネスの話よ。
11日の件、大丈夫?」
心音はメガネを直すと、ふっと微笑を浮かべた。
「安心して。そっちの件は順調よ。マックスも気付いてない」
「気付かれたらお終いよ。このチャンスを逃したら、
もう二度と、ファーレンハイトを取り戻すことはできない」