Fahrenheit -華氏- Ⅱ
ファーレンハイト―――
あたしのもう一人の子供。
あたしの言葉に決意を感じ取ったのか、心音は無表情にただあたしを見据え返してきた。
どれぐらい沈黙のときが流れただろう。
テーブルの上に置いた心音の携帯がふいに鳴った。
心音は乱雑に散らかったテーブルの上から、最初からどこにあるのか分かっているように、器用に携帯を取り出す。
まるで啓みたいな芸当だ。あの人のデスクもいつも散らかっている。その中から必要な書類だけを取り出すのを見て呆れる、というより感心すら覚える。
あたしには無理。
「Hey.It's me.―――(はい)―――What? You must be kidding!(え!?冗談でしょ!?)That's impossible.(無理よ!)I haven't slept in three whole days and I'm feeling dizzy.(三日間も寝てないのよ)」
心音は立ち上がると、手振り身振りを交えて電話口で怒鳴っている。
どうやら急な仕事が入ったみたい。
しばらくの間、怒鳴っていたが、やがて「OK! I will.(わかったわよ!)」と半ばヤケクソに言って強引に電話を切った。
そして申し訳なさそうにあたしを見下ろす。
「ごめん。仕事が入っちゃった」
「仕方ないわ。あたしは実家に帰るから、終わったら連絡して?」
「ええ。本当にごめん」
「いいのよ、気にしないで。お互い様でしょ?」
あたしの言葉にほっと安堵したように、心音はパソコンデスクに向かった。
あたしは再びスーツケースを引っ張っる。
出て行こうとするあたしに、心音が振り返らずに声を掛けてきた。
「ねえ。ジョシュアが結婚するんだって。あんた知ってた?」
あたしは振り返った。
三日間寝てないといった。きっとまともに食事だってとってないだろう。
疲れている、ということは分かったけれど―――
それ以上に何か違う理由で
心音の後姿が、いつもより小さく見えた。