Fahrenheit -華氏- Ⅱ


啓―――…?


そう思って携帯を開いたけれど、メールの送り主は啓ではなく、心音だった。


“ごめん!まだ終われない。明日一日かかるかも”


その一文を見て、ちょっと残念な気がした。


何に?


心音の仕事が伸びそうだったからじゃない。啓じゃなかったことに―――だ。


寂しかったら、あたしから送ればいいだけなのに。


あたしは啓と取替えっこしたダグ・ホイヤーのクロノグラフを取り出した。


8日の13:00を示している。


電話……してみよっかな…


でも、お昼にメール送ったのに、今度は電話って…


迷った末に




結局止めた。




鬱陶しい女と思われるのはいやだったから。


あたしの行動で、彼をがんじがらめにしたくない。


あたしはベランダに出て手摺に頬杖をつくと、空を見上げた。


タバコを吸いながら、ムーンリバーを口ずさむ。



『“ティファニーで朝食を”?あのときのヘップバーンも綺麗だったよね』


彼の笑顔を夜空に浮かべる。月のように、輝いた綺麗な笑顔。


『本店に行ったけど、そのまんまだね』


彼の言葉を思い出す。


ちょっと低くて―――くすぐるような




甘い声。





彼の笑顔も、声も―――大好き。




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